薔薇の冠 15





 カッツェンエルンボーゲンの裸体を見たルドルフは言葉を失った。
「どうなさいました、陛下」
「殿下でよい、カッツェンエルンボーゲン。戴冠式はまだだ」
 視線を逸らそうとしても、どうしてもそこに目が行ってしまう。頂きに通された、二つの銀の輪。ルドルフの視線に気付いて、カッツェンエルンボーゲンは笑った。
「自戒を込めてこちらは残そうかと。こちらはもう外しましたが」
 脚間の屹立を示して言う。そこには銀の輪は存在せず、未だ完全には塞がりきらぬ孔だけがあった。
 拷問が行われていたことはむろん知っていた。カッツェンエルンボーゲン伯は腕の腱を傷付けられ、爪を剥がれた。
 女のように、人形のように美しいカッツェンエルンボーゲン伯のことだ。受けた拷問の中には、ひょっとしたら性的な種類のそれもあったのかもしれない。
 頂きと性器に穿たれた孔がその可能性を示唆していた。
「殿下」
 顎を掴まれ、口付けられた。
 カッツェンエルンボーゲンはルドルフの唇の輪郭を舐め、舌先で唇を開かせると、熱い舌を絡ませてきた。
「殿下……」
「駄目だ、まだ……貴公の……」
 怪我が完全に治ってから、とルドルフはこれまでに幾度もカッツェンエルンボーゲンを跳ねつけてきた。
 カッツェンエルンボーゲンはついに痺れを切らし、治っているかどうか、陛下に直接お確かめ頂きます。と、さながら宣するように言い、ルドルフの寝室に押しかけてきたのであった。
 カッツェンエルンボーゲンは指と指とを絡めて両の手を握った。ルドルフはそのまま寝台に押し倒された。
「殿下、私は貴方とこうしたくてたまりませんでした」
 いつも冷静な態度を崩さないカッツェンエルンボーゲンが珍しく乱れていた。 息を荒げ、ルドルフのシャツの裾から手を差し入れてくる。
 シャツの下で頂きを引っ張られ、指の腹で擦りあわされるように動かされると、ルドルフもまた乱れた。
 助言に従って伸ばしたルドルフの髪を耳にかけ、背後から耳朶に口付けを落とす。ルドルフはびく、と身体を大きく震わせた。
「ご立派になられましたね、殿下」
「貴公の……、教育の賜物だ」
 至近で魅力的な琥珀の瞳が煌いていた。この瞳を取り戻したくて努力した。その行動により、ルドルフの未来もまた開けたのだ。
 下着ごとショースを引き下ろされた。
 膝に手をかけられ、脚を開かされる。
 恥ずかしさに口を覆ったルドルフの手を常のように優しく外すと、カッツェンエルンボーゲンは躊躇なくルドルフを口に銜えた。
 温かな口内に屹立を含まれ、ルドルフは悶えた。
「殿下、私と――」
 熱心な愛撫の合間を縫って、カッツェンエルンボーゲンは脚間から顔を上げて尋ねた。
「お父上の関係を聞かれましたね。なぜ私を見捨てられなかったのですか」
「何か……」
 すっぽりと包まれて喉が反る。
 快楽の波は断続的に押し寄せては引いていく。
「理由があるのだろうと思った。ただ……それだけ。私の信頼は――、そんな事では揺らがない」
 再び押し寄せてきた波に翻弄され、ルドルフは喉を震わせて喘いだ。
「ただ」
「ただ?」
 言いたかったが、言えなかった。
 これからは自分を、自分だけを見て欲しい。
 自分以外の誰も、抱いても抱かれても欲しくなかった。想像しただけで焼け付くような嫉妬が胸を塞ぐ。
「殿下?」
 カッツェンエルンボーゲンは先を促すように甘く呼びかけた。
 先走りの液で濡れた掌をルドルフの蕾に擦りつける。
「ん……っ」
 カッツェンエルンボーゲンの勃起した性器がルドルフの身体に当たっていた。やがて切羽詰まった声で、カッツェンエルンボーゲンは囁いた。
「殿下、指が使えないのです。よろしいですか」
 ルドルフは無言で首を縦に振った。
「あ……ああぁ…っ!」
 充分な慣らしもないまま、カッツェンエルンボーゲンのそれがルドルフの身体をずぶずぶと割り開いた。
 火傷しそうなほど熱いそれはルドルフの最奥までも貫くかのようだった。
 肩に付くまで脚を折り曲げられて、ルドルフはそこにカッツェンエルンボーゲンの顔を見た。
「我侭だと思う。私は貴公の言う暴君かもしれない。だが」
 ルドルフはカッツェンエルンボーゲンと深く繋がりながら、泣きながら懇願した。
「――私だけを愛してほしい」
「殿下……」 
 カッツェンエルンボーゲンは心底から驚いたようだった。
「もちろんでございます、殿下。あなたにもっと早くお話しすべきだった。私は目的を達した」
 顔を近付け、ルドルフの頬にキスを落とす。
「そして貴方のためにと先走り、貴方を悲しませることも決してしないとお約束致しましょう」
 カッツェンエルンボーゲンはなぜか遠い目をして言った。
 まるでルドルフではなく、ここにはいない誰かに言い聞かせるように。
「いつかお話しいたしましょう。ラインスター公と私の母の間にあった真実。それを聞けば、どうして私が公爵を許したのか、その理由もお判りになられることでしょう」 
 そしてカッツェンエルンボーゲンはこれまでになく激しくルドルフを求めてきた。
 張りだしたその部分で浅い場所を繰り返し繰り返し擦られ、たまらずルドルフは泣きだした。
「嫌だ……ッ、カッツェンエルンボーゲン……あ、ああッ!」
 嬌声は明け方近くまで止むことはなかった。





「恩赦の条件は一つだけです」
 カッツェンエルンボーゲンは静かに言った。
「婚姻関係を結ばれるのなら、国内の貴族と。出来ることなら跡継ぎを作られ、次代の王位継承者を確保して下さることが望ましいのですが、強制はいたしません」
 ラインスター公爵は鼻を鳴らした。
「我に出来ないことは何もない」
「さらに付帯条件がございます。閣下の御子は必ずや新教徒でなければなりません」
「それが時代の流れであろ。――我はもう牢の外に出ても良いのか」
「はい、ほとぼりが冷めるまでは公邸で蟄居して頂くこととなりますが」
「命は惜しくはなかったが……」
 ラインスター公爵は常の傲慢な態度を崩そうとはせず、悠然と立ち上がった。
「だが、アレクサンドラ王大后のために礼を述べよう。国王亡き後、王大后の子は我だけだ」
 踵を返して歩き出しかけたところで、ラインスター公爵はああ、と突然思いついたように声を上げた。
「貴公の親戚筋に適齢期の女はいるか」
 カッツェンエルンボーゲンは驚愕に瞳を見開いた。
 しかし言葉にしては静かに。
「シュタインベルク伯爵家に母の妹が嫁いでおります。そこに従妹(いとこ)が」
「貴公の家の冷血には熱き血を混ぜる必要があるな。……冗談だ」
 王侯の威厳を保ったままで、ラインスター公爵は地下室を後にした。石造りの階段に公爵の声が響く。
「だが一度、紹介を――」
 公爵が去り、人気の無くなった地下室で、カッツェンエルンボーゲンは一人、思った。

 そう、ひょっとしたら。
 きっかけは私のためだったのかもしれない。けれど一途で熱心、あの情熱に煽られて、母上、貴女は本来の目的を見失ってしまったのかもしれない。
 世にも聡明な貴女が、私の置かれていた状況に気付かぬ筈がない。
 それでも関係を持ち続けたのは、あの男を愛してしまったからなのでしょう。私のためにと言い訳をしながら、そして最後は追い詰められた。

 その意味では私と公爵、そのどちらも被害者だったのかもしれない。
 合わせ鏡のあちらとこちら。





「殿下」
 戴冠式の予行を執り行った後、姿を消したルドルフを探していたカッツェンエルンボーゲンは、階段を登りつめた先の鐘楼で彼を見つけた。
「かような場所で何をしておられるのです」
「私がこれから治めるべき国を眺めていた」
 カッツェンエルンボーゲンはルドルフの隣に立ち、琥珀の瞳を細めて眼下に広がる王都を眺めた。
「英国女王のエリザベスは戴冠の報を聞き、こう言ったそうですね。――神の御業(みわざ)」
 言って、空を振り仰ぐ。
 見上げる空は抜けるように青く、雲一つない上天気だった。
「その奇跡を引き起こしたのは、カッツェンエルンボーゲン、貴公だろう。貴公が命を賭けて私を守ってくれたからだ」
「しかしそんな私を助けて下さったのは、殿下、貴方です」
「教えてくれ、カッツェンエルンボーゲン」
 ルドルフは笑い、カッツェンエルンボーゲンの首に手を回して抱きついた。
「貴公は決して他人に自分の名前を呼ばせないな。まるで名がないのではないかと思うほどだ」
「私の名前は私の家族のものです。家族を失った後、誰にもその名は呼ばせない、そう思っておりました。けれど殿下、貴方は私の家族です」
 カッツェンエルンボーゲンはルドルフの耳元に唇を寄せると囁いた、己の名を。
「どうぞお呼びください、陛下」
 ルドルフはその名を口に出して言うと、カッツェンエルンボーゲンに口付けた。
 その時、大聖堂の鐘が一斉に鳴りだした。
 まるで二人の前途を祝福するが如く。



――この鐘の音を決して忘れまい。そしてこの国王の御世が続く限り、私は自分の命を賭けて、私の国王とこの国を守ろう。



 カッツェンエルンボーゲンは抜けるように青い空にそう誓った。





 その後、フランス王はラインの城と都市を軒並み攻め入り落としたが、ラインラント王国だけは陥落させることができなかった。
 何ヶ月にも及んだフランス軍の攻囲が終わった後、ラインラントの国民はこんな替え歌を歌い、開放を喜び合ったという。



 りんりん りんりん 金ぴかりん
 ラインの城には どなたがおわす
 城におわすは 子犬王

 何としてでも 通しません
 大砲向けても 通しません


 りんりん りんりん 金ぴかりん
 向こう見ずの 子犬王
 搭を捕虜で埋めたとさ



 りんりん りんりん 金ぴかりん
 ラインの国には どなたがおわす
 国におわすは 猫大臣

 捕虜はどしても 返しません
 金貨積まねば 返しません


 りんりん りんりん 金ぴかりん
 業突く張りの 猫大臣
 搭を金貨で埋めたとさ






( 了 )
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