冬の狼 22 |
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アキテインに春が巡った。 春はまるで奇跡のようにすべてを蘇らせた。疫病は去り、草木は芽吹き、兎は仔を産んだ。 「アドリアーン!」 城門の前で待っていたのは、エヴァンゼリンだった。飛び上がり、アドリアンの首に齧りついて、再会を喜んだ。 「大怪我をしたと聞いたわ。もう大丈夫なの?」 アドリアンは馬から降りると、エヴァンゼリンと共に道を歩いた。 「戴冠式はまだだそうだな」 「そうなの。疫病はまだ完全に去った訳ではないと伸ばし伸ばし――」 アドリアンが公子の命により街を出ていたことを知る者たちが近寄って来ては親しく会話を交わし、肩を叩いては離れる。その繰り返しのため、二人は街の中心部に辿り着くまで多大な時間を費やすこととなった。 「でも、私は本当の理由を知っているわ。どうしても戴冠式を見せたい人がいるの。だからその人の帰国を首を長くして待っていたのよ」 エヴァンゼリンは得意げに言った。 「迎えに出る出ると言い張られるからお引き止めするのが大変だったのよ。まだご自覚がおありになられないのね、ご自分の新しい身分に」 アドリアンは思った。 エヴァンゼリンは果たしてどこまで知っているのだろう。いや、何も知らずとも、すべてを察しているのかもしれない。 だが、察していても何も言わないだろう。それがエヴァンゼリンだ。 最後の角を曲がると視界が開けた。街の中心部にあるマルクト広場。そこに人だかりが出来ていた。 一体何が――。 何気なくそちらに目を向けたアドリアンは凍りついたように足を止めた。エヴァンゼリンは不思議そうに首を傾げると、アドリアンの視線の先を見た。 瞬きひとつ。 「……本当に困った陛下だわ」 青き血の流れる王族と言えども、奇跡の一割に入ることは出来なかった。王妃の、国民の願いも空しくヴェンツェル王は死去した。けれど悲しみの中、国民は二つの希望を得ることとなった。ヴェンツェル王は妃の腹に忘れ形見を残して逝ったのだ。そして――。 「待ちかねたぞ!」 祝福を乞う市民に取り囲まれながら、白馬の上で笑うその男は、カール・ブロスフェルト・フォン・リンブルク。 戴冠式を終えれば、アキテイン王カール四世となるはずの男だった 王城の一室で二人は抱き合い、深い口付けを交わしていた。 国王が急死し、寡婦となった王妃は身篭っているという非常時、王城は慌しい雰囲気に満ちていた。王妃は未だ王城に留まっており、ヴェンツェル王の私室もそのままだった。 新王となるカールは未だ客室を居室としていた。それでも賓客をもてなすための客室は贅を凝らしたものであり、寝台の天蓋は高かった。 「っ…は……ン…」 貪るような口付けは互いの情欲を煽るばかりだった。 「ヴォルフ、もっと――、もっとよく顔を見せてくれ」 カールはアドリアンの顔を掌で包み込むようにすると、燭台の仄かな明かりに照らされた顔を見た。愛しげに頬ずりをし、再び唇を重ねる。 「怪我を負ったと聞いて気が狂いそうになった。国事など投げ出して貴殿の元に駆けつけようと幾度思ったことか」」 カールはアドリアンの衣服を取り去ると、寝台にうつ伏せに這わせた。 「見せてくれ、傷を」 カールは言って、アドリアンの背に唇を這わせた。 「肉を持っていかれたか」 それはコルドン・ダルジャンで抉られた背の傷だった。カールはその生々しい傷痕に再び口付けた。 左肩から腰に掛けて斜めに横切る傷、腕、脚、腹、かつての騎士仲間の手により遊び半分に付けられたその傷痕に唇を触れさせていく。唇が触れる箇所が火のように熱く感じられ、アドリアンは震える手でシーツを掴んだ。 「…あ……」 「もうどこにも行かせはせぬ」 アドリアンは割り開かれた双丘の窄まりにカールの熱い舌を感じた。 襞の一枚一枚を解すように唾液が塗りこまれ、シーツを握る手に力が篭もる。もっと熱くて太い物でそこを埋めて欲しくて、アドリアンは腰を淫らに蠢かせた。 「愛しております、私の王……」 ついに望んでいた熱くて太い昂ぶりが窄まりに押し当てられる。 「あ……ああッ……」 狭い肉襞がずぶずぶと割り開かれ、アドリアンは喜びに震えながら、それを頬張った。 「ヴォルフ、貴殿の内(なか)はいつも熱いな」 腰を掴まれ、軽く突き上げられた。もっと深い場所に欲しくて、アドリアンは腰を擦りつけるように動かした。 「やっと手に入れた、私の狼。春になっても森には帰らぬな?」 「未来永劫、貴方だけです。私の王は……ああ、ッ……く…ッ…!」 最奥を一息に貫かれ、呆気なくアドリアンは達した。先端から迸った白濁がシーツを濡らす。 「私も――、貴殿だけだ。私は生涯妃は娶らぬ」 「な!?」 驚きに目を見開いたアドリアンの身体を返し、カールはアドリアンの上になった。一度達し腰砕けになったその肉体を限界まで膨れ上がった屹立が刺し貫く。 「ああっ」 快感で散漫となっていたアドリアンの意識が一瞬にして醒めた。それは、まるで脱力していた肢体に芯が通るような感覚だった。 「っ、あぁっ……!」 アドリアンはカールの背に手を回した。アドリアンは過ぎる快感の中、激しくかぶりを振った。 「無理と申すのか? 貴殿は一つ忘れている。王后陛下の胎内には御子が居る。きっと男子であろう」 「何故……っ、ああっ!」 何故わかるのか、そう問おうとしたアドリアンの言葉は嬌声となって消えた。再び最奥を貫かれ、アドリアンは喉を仰け反らせて喘いだ。 「私がそう決めたのだ」 カールの形の良い唇がアドリアンの唇に重ねられる。カールは律動を早め、アドリアンを二度目の絶頂へと追い立てていった。 「っ、あぁっ……」 カールの腰にアドリアンの脚が絡みつく。カールは腰を反らせると長い射精を行った。狭い肉筒に熱い精液が吹き上がり、アドリアンは今度は射精なしの絶頂を迎えた。 アドリアンはまるで子供のようにカールの胸に抱かれていた。 それは決して手に入れられるとは思えなかった温もりだった。 諦め、一度は自分の手で捨て去ろうとしたそれ。今はその温もりの中にいた。 「では、皇妹殿下は無事に亡命を果たしたのだな」 「新皇帝が手筈を整えたそうです。皇妹殿下はずっと皇帝の元を逃れる機会を伺っていました。そして新皇帝もまた妹が利用されることを良しとしなかった。共に手を携え、新しい未来へと」 「すると我々の婚約は事実上破談だな。しかしルードビィヒが名乗りを上げているのだ。私の母の領地であるブロスフェルトはいざ知らず、私が王となれば、あやつも未来はリンブルクの公爵だ。そう、それほど不釣合いな相手ではないだろう」 「では、さっそく新皇帝に問い合わせましょう」 カールはアドリアンをその胸の中に抱き直すと、優しく口付けた。 「私が国王となり落ち着いたその時には――」 アドリアンは先を促すようにカールを見た。 「私を貴殿の故郷に連れて行ってくれるだろうか。エルザスのリクヴィール」 アドリアンは隻眼を見開いた。唇が綻ぶ。 そしてゆっくりと言った。 「美しい村でございます」 カールは笑って言った。 「そうであろう、貴殿が生まれた村だからな」 前王妃マリア・カロリーネが産み落とした子は果たして男子であった。 やがて歳月は流れ、アドリアンは国王の親衛隊長となり、エヴァンゼリンは前王妃付きの女官長となった。 カール四世はみずからを代王と任じ、その生涯を独身で通した。死に臨んで、ヴェンツェル王の子を次代の王に指名した。 カール四世は都市のインフラを整備し折半小作制を導入したアキテイン王国屈指の名君として後世にまで伝えられている。 だが、その名君がなぜ、帝国を二分する大双位時代の幕開けとなるラインハルト二世の皇帝即位に賛同したのか。 歴史家たちの間では今に至るも大きな謎とされている――。 |
( 了 ) |
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