下弦の月 14 |
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伊周の円座は宮中から撤廃され、検非違使の捜索により、伊周の家司、菅原董宣と家人、右兵衛尉致光宅に私兵を置いていたことが発覚した。 機を見るに敏な道長は次の手を打った。 道長邸である土御門に同居する女院、藤原詮子の不調を殊更に騒ぎ立てたのである。道長は自邸を調べ、床下から呪札を探し当てた。そしてそれが伊周の仕業であると断じたのである。 遡ること半年前、伊周の母方の祖父である高階成忠が陰陽師を雇い、道長の呪詛を行ったことも明らかになった。 呪詛。あり得ることだ。伊周は稚い男だ。 そう思いながらも、道長のでっち上げではないかという疑惑はどうしても拭えなかった。自分の邸に呪札を埋めておくことなど容易いこと。陰陽師を買収することも、又。 俊賢の言葉は正しかった。もはや流れは変わった。 道長は伊周を徹底的に潰すつもりなのだろう。二度と、立ち上がれぬほど。 伊周の罪状が次々と積み重ねられていき、周囲の予想通り、伊周は大宰権帥、弟の隆家は出雲権守との決定が下った。 されど伊周は病を理由に二条邸――中宮の還御により今は二条北宮と称されていたが――に篭もり、内裏への出頭を拒んだ。 帝は内密に行成を呼んだ。 もう一人の蔵人頭である藤原斉信は望むと望まざるに拘わらず事件の中心人物となっていた。宮中と土御門を頻繁に往復し、調整に努めていた。斉信が道長寄りであることを敏感に察したのだろう。帝は行成だけにこう告げたのだ。 ――穏便にすませたい、と。 土御門に行き、主上の意を伝えると、道長はさっそく異議を唱えた。 「こうして手をこまねいているうちに逃げられでもしたらどうする」 「逃げたところで行く場所もございません」 京の貴族に貴族以外の生き方は出来ない。貴族として生きていくことに耐えられなくなれば、出家あるのみだ。 「そして主上の子を宿す中宮のおわす二条宮から、内の大臣を無理やり引きずり出すことなど出来ますまい」 道長は言葉を詰まらせた。 行成はそれこそが道長の狙いであることに気付いていた。想像だにしたくないことだが、事を荒立て、衝撃の余り、中宮の腹の子が流れることすら望んでいるのやもしれない。 「右の大臣、今少しの猶予を」 行成は怖じることなく、道長を撥ねつけた。 「これは主上の勅命でございます」 宮中に戻ると、待ちかねていたように俊賢が現れた。 「どうするつもりなのだ」 「二条北宮に赴き、内の大臣を説得する」 「右の大臣の不興を買おうぞ」 「貴公とて中宮の還御のお供をし不興を買ったばかりではないか」 「私は右の大臣の義兄だ」 これ以上言い争うのも不毛だと思った。行成は俊賢の機嫌を取るように。 「やれるべきことはやっておきたいのだ、俊賢殿」 「それが斉信への失言に対する贖罪の気持ちからならば、私は何も言わぬ。だが」 言いさして、けれど俊賢は不自然に口を閉ざした。ややあってから。 「行くが良い。私は止めぬ」 「そうか」 行成は肩の力を抜いた。そのまま宮中を退出しようとした行成の背中に向けて。 「どのみち二条宮に赴くのは明日になろう」 振り返った行成に俊賢は有無を言わせぬ語調で言った。 「今宵は我が邸に泊まっていくが良い」 行成は友の言葉に強い違和感を覚えた。 「は……っ、あッ……」 燈台の灯りの下、交わる二人の影が揺れていた。 行成の手首はひとまとめにされて縛り上げられていた。 「俊賢、…殿」 背に手を回すことも許されず、容赦なく穿たれれば、顎が跳ね上がる。 「ん……ッ」 幾度も注がれ、飲みきれなかった後孔からは白濁が溢れ、突かれる度に粘着質な水音が響く。 「あ、ああッ!」 快楽に肌が粟立ち、口の端から唾液が零れる。抗うように首を振るが、俊賢は構わず激しい抽挿を続けた。燈台の灯りの下に浮かび上がる表情は硬く、真意を推し量ることは出来ない。 「っ…、褥が……」 一度も触れられることもないまま、しかし行成自身は張り詰め、先端から蜜を零していた。 褥を汚すことを危惧する行成に俊賢は冷たく。 「構わぬ」 俊賢は熱く脈打つ自身を一旦引き出すと、行成の腰を掴んで引き寄せ、再び深く突き入れた。 「我らの関係が知られて何の問題があろう」 「ぁあああ…ッ、…っ!!!」 行成はついに昇りつめ、褥を汚した。過ぎる快楽に身体が小刻みに震える。浅ましさに涙が溢れた。 「俊賢、…も、ッ…もう……」 哀願する行成を無視して俊賢は腰を動かした。一度達し敏感になった身体を揺さぶられ、襞を伸ばされ、抉られ、最奥を容赦なく突かれる。 「あッ…は、っ、…ああッ! あ、あああっ!」 人払いはされていた。されど耐え切れず発した嬌声が渡殿の向こうまで聞こえるのではないかと思うと不安で堪らなかった。唇を押さえようとしても、手は戒められたまま。唇を血が滲むほど噛み、必死で喘ぎ声を押し殺した。 「……!?」 屹立が唐突に引き抜かれた。張り出したその部分が引き抜かれるその感触にすら感じてしまう。 「――乗れ」 これまでついぞ使われたことのない俊賢の命令口調に驚く。 「私を愛しているのだろう」 行成は息を飲んだ。 表情を読まれまいと俯き、頷きだけを返した。 すっかり力の入らなくなった脚を引きずっていき、俊賢の上に乗る。俊賢の脚間には硬度を保ったままのそれがあった。行成は瞳を閉ざし、秘所に屹立を宛がった。そのままゆっくりと腰を下ろしていく。 ぬめる秘所はさほどの抵抗もなく俊賢を受け容れる。 行成は快楽に身体を震わせながら、その感触に耐えた。 「行成」 俊賢は下方から行成を見た。 淫らに白濁を溢れさせながら、なお貪欲に俊賢を咥え込んでいる秘所。それがどんなに浅ましく見えるだろうと思えば、羞恥に身体が朱に染まる。 俊賢は行成の腹をかき回すように屹立を動かした。 「…ん…ッ!」 「そなたが私の子を孕めたらどんなに良いか」 俊賢は思いつめたような口調で言った。 「正妻とし、対の屋に置こう。決して出仕などさせるものか」 俊賢の妻は中宮定子付きの中臈だ。その妻を否定するかのような発言に驚く。 「誰にも会わせず、誰にも見せず」 「ひ…、あッ……!」 俊賢は行成の腰を掴み上げると、互いの身体を強引に入れ替えた。行成を押し倒し、馬乗りとなる。 「こうして毎夜抱いて」 脚を攣れるほど大きく開かされた上で、昂ぶりを最奥まで飲み込まされた。 「俊賢、俊賢……っ…はぁ…っ…ン……、…」 行成は涙を流しながら懇願したが、律動は止まらない。腰を引いて、狭い内壁を捲り上げるようにして動かしたかと思うと、再び腰を押し付け、より深い結合を強いる。 「ひっ……は……ッ…ン…」 はしたなく開かれた両足の爪先が、律動の度に伸び上がり、快楽の度合いを如実に伝えてしまう。 「何故、気付かなかったのか」 「ああ…あっ…」 「私はそなたがどの様な男を好むか知っていたにも関わらず」 「っ……、私、…が? ああッ!」 膝裏を掴まれると同時、腰の動きが激しくなった。肉と肉がぶつかり合い、粘膜が混じりあう卑猥な音が響く。 「…ああッ! …あ、あああっ!」 腹をかき混ぜるように屹立を動かされ、涙と体液で濡れそぼった身体を震わせながら、再び行成は達した。 迸りと、屹立を引き出された秘所からどろりとした白濁が溢れ、褥をしどとに濡らす。 行成は俊賢と目を合わせることすら出来なかった。 何と浅ましいことだろう。 俊賢は行成の手首の戒めを解くと、躊躇う行成の身体を構わず清めた。 そうして情事の痕跡を跡形もなく消し去ってしまうと、ようやく重い口を開いた。 「伊周……」 行成は咄嗟に顔を上げた。 「いや、聞くまい。聞いたところで詮ないこと。何より大事なのは――」 俊賢は昏い眼をして言った。 「そなたは私を好いてはいるが、愛してはおらぬということだ」 行成は瞳を見開いた。 「このまま気付かぬ振りを通そうと思っていた。そなたの私への友情に付け込んで」 俊賢は振り返り、寂しげに笑った。 「もはやそれも出来ぬ」 愛せたらどんなに良かっただろう。 初めて自分を見出し、引き立て、励ましてくれた友だった。高みから転落した源高明を父に持つ、自分と似た境遇にある男。 その友情を繋ぎ止めるためなら、自分の身体などどうなっても良いとさえ思った。 「今宵は手荒にしてすまなかった。私はもう二度と――、そなたに触れぬ」 「俊賢殿!」 行成は悲痛な叫びを上げた。 生き馬の目を抜く宮廷にあり、俊賢との友情を失って生きていけるとは到底思えなかったからだ。 「だが、行成。私とそなたの友情は終生変わらぬ。何故ならそなたがその身を投げ打ってまで大切にしようとしてくれた友情を、私もまた大事に思っているからだ」 行成は俊賢の手を取ると、その甲に触れた。それは奇しくもかつて心揺れる行成に俊賢が行った行為だった。意識せぬまま、行成はその行為をなぞっていた。 ややあって俊賢は言った。 「願いがあるのだ」 「何なりと」 「私の息子が元服する時には加冠役を」 加冠役、男子の成人式である元服の際、冠を被らせる役である。後見人となる者が行うのが常だった。 行成は力強く頷いた。 「喜んで引き受けよう」 「そしていつかそなたに娘が生まれたら――」 俊賢はためらいがちに言った。 「私の息子に嫁がせてくれるだろうか」 叶わなかった私の恋の代わりに。 そんな俊賢の心の声が聞こえたような気がした。 行成は何も言うことが出来ず、俊賢を背後から抱き締めた。 |
つづく |
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