下弦の月 6





  俊賢は指を絡めて行成の手を握り、唇を重ねると舌を絡め、吸った。舌技は濃厚かつ執拗だった。まるで積年の想いの丈をぶつけるかの如く。
「行成……」
 名を呼ぶ間も惜しむように再び唇が重ねられる。
「――夢のようだ」
 行成の衣はすべて脱がされていた。
 簀子縁に釣った釣燈籠の明かりが行成の白い裸身を浮かび上がらせている。
 俊賢が行成の胸の頂きを口に含む。敏感なその箇所を甘噛みされ、行成は堪らず身をよじった。
「…っ……ん、俊賢、っ…殿」
 俊賢の北の方(妻)は中納言の君と言われる中宮定子付きの女房で、夫婦仲は円満と聞いていた。
 何もかも知っているつもりでいて、何も知らなかったことに気が付かされた。
 俊賢とは幾夜語り、幾度杯を交し合ったことだろう。
 俊賢が自分に友情以上の物を求めていたことに何故今まで気付けなかったのか。
 舌が首筋の血管に沿って滑らされ、鎖骨をなぞった。耳を食まれ、耳朶を吸われた。妻持つ男の手慣れた愛撫を受け、身体が疼く。
――惹かれるのは、歳上の男ばかり。
 自覚はしていた。実方とは十ほど違った、俊賢も同じ。
 父は行成が二歳の時に亡くなった。抱かれた記憶もない。
 道長に義孝の名をちらつかされるだけで心が揺れ、身体を使ってまで俊賢との友情を繋ぎとめようとする自分は、未だ父、藤原義孝の幻から逃れられてはいないのだろう。
「…行成…、…行成」
 俊賢は熱に浮かされたように行成の名を呼び続けていた。
「藤中将とのことは良いのだ。だが、右の大臣。我が義弟、道長だけは……」
 首筋、頂き、内腿、ありとあらゆる場所に唇を付け、強く吸い、接吻の痕を残していく。
「道長だけではない。内の大臣も」
「それは違う、俊賢殿」
 行成は俊賢を下方から見上げると、強く否定した。
「宮廷は伏魔殿だ。右の大臣も内の大臣も、皆、自分の権力拡大のためだけに動いている。私を取り込めば、貴公も又取り込めると思っているのであろう」
「そうかもしれない。だが、決してそれだけではないのだ、行成」
 脚を開かされ、腰を上げさせられた。
 窄まりに昂ぶりが押し付けられ、行成が息を飲む。昂ぶりは先走りの蜜の力を借りて秘められた場所に入り込もうとしていた。
「良いのか、行成。――本当に」
 改めて問われ、行成は逡巡した。
 俊賢はその一瞬の躊躇を見逃さず、態度を硬化させた。
 熱くぬめるそれが強引に押し込まれる。
 行成はのけぞりながら俊賢を受け入れ、期せずしてその背中に爪を立ててしまった。
「すまぬ。っ、ああっ……!」
 身体を割り開かれる痛みを唇を噛み締めることで耐える。
「行成、行成……っ」
 俊賢が互いの身体をなじませるようにゆるゆると動き、痛みは徐々に引いていった。
 狙い済ましたように、感じる一点を突かれ、行成の身体は若鮎のように跳ねる。
 俊賢は行成の感じる場所を探り当てたと確信したのか、そこばかりを抉るように突いてくる。
「……っ、あんっ、は」
 甘えるような嬌声が漏れてしまうのをどうすることも出来なかった。
 突かれて声を上げ、抉られ背を反らせる。再びその背に爪を立ててしまい、反射的に引いたその手が再び背に回させられた。
「北の方に」
 知れるだろう、との潜めた行成の言葉に俊賢は首を振った。
「構わぬ。とうに対屋には通っていなかった」
 対屋、主人が住む寝殿に付属する建物である。通常、妻や子女を住まわせる。妻は多く北の対屋に住むことから北の方と称されるのだ。
「円満、と聞いていた」
「今でも妻(さい)とは円満だ。だが」
「あっ、ああぁッ」
 突かれ抉られ、行成はもはや声を押し殺すことが出来なくなっていた。
「もう恋してはおらぬ」
 行成は俊賢から顔を背けた。友としての顔しか見せたことがなかった相手に欲望に蕩けた顔を見られたくなかったのだ。
 年上の友と慕い、父とも思ってきた相手。しかし恋してはいなかった。恋と友情は違う。悲しいかな、人は相手が良い人間だから恋をする訳ではない。そのことを行成は実方との関係からよく知っていた。
 何故友の想いに気付けずにいたのだろう。
 もっと早く気付いていれば、こんなことにはならなかったはずだった。感情を爆発させる前に目を覚まさせることも出来たろう。
 その鈍さの代償を行成は今、払わされていた。
「あ……っ、あぁ……っ…ん……」
 激しい抽送に、肉と肉とがぶつかり合う卑猥な音が上がる。熱い屹立は行成を容赦なく穿ち、追い詰めていく。
「俊賢、っ……殿…」
 律儀に敬称を付ける行成を見、俊賢は初めて表情を緩めた。
「殿はいらぬ」
 行成は抗うように首を振った。
「ん、……っ……ああッ……」
 無意識のうちに脚を腰に掛けてしまっていた。内腿はぶるぶると震え、どうしても押し付けるような動きをしてしまう。
「ずっと思っていた」
 激しい律動を続けながら俊賢は言った。
「そなたは閨ではどんな顔をするのだろうかと」
「ああ…ッ…!」
 俊賢は身体を繋げたままで、行成の身体を返した。膝の上に乗せられてしまうと、自重で結合がより深いものとなる。俊賢は行成の首に噛み付くような口付けを落とし。
「そなたはいつも清楚で穏やか」
 背後から伸ばされた手が頂きに伸びる。愛撫によって勃ち上がり薄紅色に染まったそれらを抓まみ上げられ、行成は甘い喘ぎ声を漏らした。
「それだけに時折見せる憂い顔が堪らなかった」
 首、頂き、秘所に含まされた昂ぶり。敏感な三つの箇所を一時に攻められ、行成は今にも気が触れそうだった。
 俊賢はすぐには気をやらず、行成を追い詰めては中途半端に放り出した。
「そして思った。そなたにそのような顔をさせる藤中将を許せぬと」
 頂きに伸ばされていた手が行成の昂ぶりに移る。既に首をもたげ始めていたそれは大きな温かい掌に包まれると直ぐに勃ちあがった。
「幾度思ったことだろう。私ならそなただけを見、そなただけを抱くのにと」
 手慣れた手つきで蜜で塗れた先端をくじられ、行成は啼いた。
「私は夢の中で幾度もそなたを抱いた。だが、そのどの夢の中よりも」
 俊賢は行成の肩を掴み、それと同時に自分の腰を強く押し付けた。奥の奥まで突かれ、腰の芯から脳天まで突き抜けるほどの悦楽が走る。
「あっ、ああっ、ああッ……!」
 熱い飛沫が身体の一番奥で弾けるのを感じた。閉ざせなくなった唇の端から唾液が溢れ、顎を伝って零れ落ちる。
 快楽に真っ白になった頭に俊賢の声が響く。
「――良い顔だ」





つづく
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