月虹 6





 いつ誰が訪れるとも知れぬ宿直所で事に及ぶのを危ぶみ、斉信は行成を調度品を仕舞う塗込へと誘った。 
「…ん……ッ……」
 後宮の女房たちに人気のある斉信の口付けは濃厚、かつ手慣れていた。衣に焚き染められた香りは天上のものもかくや、と思えるほど。
「宰相中将……」
 灯りは宿直所から持ち込んだ高灯台が一つきり。
 気付けば、共に全裸だった。
 おずおずといった呈を醸し出しつつ、舌を絡めた。自分でもこんなことが出来るのか、と不思議に思う。
 ちゅ、くちゅ、と淫靡な水音が塗込に響く。
 斉信の舌は歯列をなぞって、開かされた唇に再び滑り込んできた。舌を絡められ、きつく吸い上げられる。
「頭弁……」
 やがて斉信は名残惜しげに下唇を甘噛みしてから離れた。
 腰を掴まれ、膝の上に乗せられる。斉信の熱く昂ぶった物が臀部に当たっているのがわかった。
 背後から伸ばされた斉信の手が頂きに触れてくる。
「そなたと――」
 つまみあげ、親指と人差し指の間に挟まれた。そのまま擦り合わされるように動かされて、行成はびくんと身体を跳ねさせた。
「親しい源宰相に尋ねたが、そなたの秘め事の相手については何も知らぬという。おおかた少納言ではないかと笑うばかり。だから私もそうなのだと思っていた」
 指の腹で頂きを押しつぶすようにして刺激を与えられ、切なく尖った頂きを引かれると、たちまち呼吸が乱れた。
「……あ…ッ……」
「まさか、まさか男であったとは」
 斉信の性愛の対象が男であるとは噂にも聞いたことは無かった。だからそちらの性癖はないのだろう、恐らく。だが、道長に焚きつけられてその気になったのだ。何故?
 斉信はいつも自信に溢れ明朗快活。だからこそ、だろう。
 自分より惹かれる男がこの世に存在することが許せなかったのだろう。その男より自分の方が上だと。そんな男などこの世には存在しないというのに。
「ッ……」
 行成の冷静な分析は斉信のいささか乱暴な愛撫の前にかき消された。
 強く引かれ捻られると、痛みとはまた違った新たな快感が立ち昇ってくる。
 首筋の血脈に沿って舌が滑らされると、脚間の屹立が頭を擡げた。斉信は笑って、それを握りこんだ。
 大きく温かな掌に包まれ、喉が鳴る。そのままゆっくりと動かされると堪らなくなり、行成は斉信の逞しい胸に後頭部を擦りつけた。
「あああっ、あっ」
 屹立を容赦なく扱かれ、口の端から唾液が溢れた。
 やがて秘められたその場所に斉信の指が挿し込まれた。待ち侘びていたその感覚に鳥肌が立つ。
「……あ……っ……、…ん…」
 胸への愛撫と比較すると、ぎこちない印象を受けるその動きが行成の疑惑を確信に変える。

――まさか。いや、斉信ならば、或いは……。

 板敷に押し倒され、秘所に斉信の昂ぶった物が押し当てられた。
「いいのか」
 直截に尋ねられて驚く。
 行成の微かな頷きを見て、斉信は腰を入れた。上手く挿らず、熱いその昂ぶりは一、二度入り口を掠め、それから角度を変えて入り込んで来た。
 他の誰とも違う、圧倒的な質量を持つ斉信のそれは、行成の狭い隘路を切り拓き、最奥までも貫いた。
 これが斉信なのか。行成は固く瞳を閉ざし、それに耐えた。
「……きついな」
 斉信が吐息と共に囁く。
「女陰(ほと)よりも余程」
 初めてなのか、と行成は確信を強めた。
 斉信はゆるりと動き始めた。腰を引かれ、張ったその部分が内壁を刺激しながら出て行く。再び深く突き入れられて行成は喘いだ。
「あ、ああッ!」
 斉信は行成の片足を抱えると、容赦のない抽送を続けた。
 厚い胸板の下となり抱かれていると、ある相手に抱かれているような錯覚に陥った
 それは自分の若さ、自信のなさ故に、失った相手だった。今は遠い陸奥の地にいる藤中将、藤原実方――。
 彼に使ったのと同じ呼びかけを行成は用いた。
  「あ、……ああ…っ…中将! …中将…ッ…!」
 呼びかけに煽られたのかもしれない。行成は深く突き立てられ、木偶のように揺さぶられた。突かれるその度に耳を塞ぎたくなるような甘い喘ぎ声が漏れる。
「ああ……ん……ッ…」
 声で感じるその部分を探り当てたのだろう。斉信は行成の感じるその一点を狙って突き始めた。行成は啼きながら斉信にしがみついた。
 斉信は行成の両の足首を持ち上げると、自分の肩に掛け、よりいっそう結合を強めた。
 高灯台のあえかな焔が、極みにいる行成の顔を残酷なまでに浮かび上がらせる。
「知らなかったぞ……」
 深く繋がったままで、唇が重ねられる。
「頭弁、そなたのそのような顔を」
 行成は舌を絡めてそれに応えた。
 秘所に出入りする屹立の動きは徐々に激しくなり、それと時を同じくして行成もまた昂ぶっていった。
 頂きは斉信の逞しい胸に、屹立は斉信の引き締まった腹に擦られ、固く張り詰めた。
「…中将…ッ…、…中将……も、もう……ッ…」
 行成は斉信の背に手を回し、より深い結合を求め、斉信は罰するように行成の最奥に楔を打ち込んだ。一番感じるその部分を抉るように突き込まれ、ついに行成は気をやった。
「あッ、ああッ……!」
 熱い白濁が斉信の腹を濡らすと同時、斉信も又、精を放った。
 行成は虚脱の中、斉信の熱い精液を受け止めていた。
「頭弁……」
 耳元で囁かれ、次の瞬間、行成は大きく身体を震わせた。行成の中の斉信が再び大きくなったのだ。
 驚いて斉信を見ると、斉信は瞳を見開き。
「は、はははは」
 斉信は笑った。
 それは聞く者すべてを明るくさせるような屈託のない、斉信らしい笑いだった。
「頭弁、もう一度だ」



 どちらのものと知れぬ白濁にまみれながら、二人は再び深く交わった。





つづく
Novel