月虹 7







 帥の大臣こと伊周に先立ち、隆家の中納言が許されて配所から戻ったのは、今年の四月のことだった。季節は移り、既に暦は十一月。
 行成は内心の焦燥を巧みに押し隠し、源俊賢に伊周の消息を尋ねた。
「――筑紫では疫病が蔓延しているそうだ。帥殿の帰京はそれが収まってからのことになろう」
 俊賢はそう言うと、こちらの様子を伺うように視線を向けた。
 行成は何も答えることが出来なかった。





「は、ぁあ……っ…」
 今にも舌を噛んでしまいそうだった。
 もっと欲しくて、行成は斉信の首に腕を回し、注がれる唾液を飲み干した。
「頭弁」
「宰相中将……」
 下から突き上げられ、行成は首に回す腕に力を込めた。腰を抱かれ、奥を突かれると、悲鳴じみた嬌声が迸る。
「あ、……ああッ!」
 何も飲まず、何も口にせず、ひたすら獣のように交わった。

 もしも身体の相性というのがあるのだとしたら、斉信と行成の相性はきっと良い部類に入るのだろう。
 斉信は行成の身体に溺れた。そして行成もまた、積極的にそれに応じた。

――同じ血を求め合うのが我らであろう。 

 それはかつて伊周が行成に向けて放った言葉だった。
 斉信も又、父の従兄弟だった。

 一旦引き抜かれ、行成は茵(しとね)にうつ伏せにされた。斉信は背後から覆い被さり。
「良いだろう、頭弁」 
 耳朶に舌を這わされ、耳の中に舌が挿し込まれた。濡れた粘着質な水音が行成を頭から犯す。
「ん…ッ…あ……」
「私は――」
 圧倒的な大きさを持つ斉信のそれが秘所に押し当たられる。何度抱かれようとも決して慣れることの出来ない、その瞬間。
「あ、あぁッ!」
 けれど既に幾度も交わり、卑猥に白濁を溢れさせる肉筒はいとも容易に斉信を受け入れた。腰を掴まれ、強く打ちつけられる。
「っ……ああッ……、っ…く…、…ふ、…深……っ…」
 白い喉を晒して、行成は喘いだ。





 十二月、道長の土御門邸で漢詩会が開かれた。
 題目は「池の水は鏡のようである」
 漢詩は決して得意な方ではないが、天才歌人の子の歌はいかばかりと期待される和歌よりは数倍もましである。
 同じく高名な歌人を持つ女房の少納言は定子中宮から特別に和歌免除のお許しを頂いたと聞いた。いっそ自分もそんな立場になれれば、と思う。
 その一方で、漢詩会、歌合、管弦の宴の場でこそ、よりいっそう光輝く存在もある。  行成の父母にとって共に従兄弟に当たる右衛門督、藤原公任がその好例だろう。そして斉信も――。
 行成はそんなことを考えながら、朗々と漢詩を詠する斉信の姿を眺めていた。
「宰相中将殿はいつお見かけしても堂々としていらっしゃる」
 囁きかけてきたのは、左中将こと源経房だった。
「神童と呼ばれた右衛門督殿を相手に一歩も引けを取らないとは」
 斉信と公任の二人は好敵手とされていた。ほぼ同い年であり、どちらも若くして参議ということが影響を及ぼしているのだろう。
「以前に前帥殿(さきのそちどの)が仰っておられましたよ。相撲にたとえれば、公任は斉信を投げることはできても倒すことはできまいと」
 前帥殿、前(さき)と言われて成は瞳を瞬かせた。経房は檜扇を広げると、その影でこう耳打ちした。
「ご帰京あそばされたそうですよ」
 その後は涼しい顔で扇を使っている。
 行成はこっそりと道長の様子を伺った。
「左府殿はまだご存知ではいらっしゃらないようです」
 道長の妻、源明子の弟にして道長の猶子(被後見人) もっとも道長に対して力を持つ経房は前の関白、道隆の家族と親しかった。そして伊周の弟、隆家の中納言は昔からの友人だ。
 そう、道長が主宰する宴の座でこんな話を囁ける者は経房をおいては他にないだろう。
「なぜそれを私に」
「頭弁として知っておくべき情報かと。それに少納言は貴公を弟のように可愛がっておられる。であれば、私たちは兄弟もご同様でございましょう」
 経房は少納言と親しい。今宮廷で話題の少納言の手に拠る「枕草子」 これを最初に少納言の元から借り受け、広めたのは、誰あろう経房だった。
「ご帰京あそばされたとはいえ、当面の間、参内は許されぬことでしょう。されど定子さまにとってはこれ以上はない朗報」
 これで職の御曹司も再び活気づくことでしょう、と笑う経房は少納言を、というよりも定子後宮の持つ才気の煌めきこそを愛しているのだろう。
「ときに、宰相中将と何かありましたか」
 ふいに話題を変えられて驚く。
 人に聞かれてはならぬ会話を扇の下で交わす二人の姿は、或いはひどく親しげな様子に見えたのかもしれない。
「怖い顔でこちらを見ておられる」
 そう水を向けられてそちらを見ると、斉信が咎めるような目つきでこちらを見つめていた。











つづく
Novel