ラインの乙女 4 |
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向こう見ずのリーンハルト、それがリーンハルトに付けられていた仇名であった。 初陣の際、先駆けを押しのけ、敵陣に突っ込んでいってしまったこと。 頭に血が昇ると言わずとも良いことを口にしてしまう性質。 それらが複合して付けられた仇名であったが、リーンハルトは今度ばかりは自分のその気性を悔いることとなった。 リーンハルトは三日三晩、主塔の地下牢に繋がれた。同じ塔でありながら、上層と下層とでは天と地ほどの開きがあった。 地下水の染み出す牢はじめじめとしていて、少しでも乾いた場所を求めてあちらこちらと身体を動かすが、完全に乾いている場所などはなく、服に染み込んだ水分で、夜になると芯まで凍えた。 何より悩まされたのは虫だった。暗く湿った地下牢には蛇や蛙、その他得体の知れない毒虫たちがうようよしていて、リーンハルトが休んだ途端、襲い掛かってくる。 水とパンだけは一日に二度与えられた。その度に揚げ戸が開けられ、籠が地下牢に下ろされる。食欲などまるでなかったが、生きる、ただそのためだけに食べた。 地下牢に日が差し込むのは、その時だけだった。幾度めかに揚げ戸が開けられた時、リーンハルトは床一面におびただしく広がった血の染みを見付けて、ぞっとした。 四日目の朝となって、ようやくカッツェンエルンボーゲン伯がリーンハルトの様子を見にやって来た。 「貴殿は自分にしか懐かない良い猟犬を育てる方法を知っているだろうか」 「いいや」 「穴を掘ってそこに生まれたての仔犬を入れ、自分の顔しか見せないようにして育てるのだ。穴から出した時には自分にしか懐かない良い猟犬になる」 食料を下ろす時に使われる籠が外され、その代わりに大きな桶が地下牢へと下ろされた。 「乗れ」 薄汚れた衣服が気になったが、一時であれ、地下牢から出されるのは有り難い。 リーンハルトは躊躇なく桶に乗り込んだ。騎士二人がかりで引き上げられると、目の前に伯がいた。 伯は薄く笑い。 「ここから貴殿を突き落とせば、確実に死ぬだろうな」 脳裏に地下牢の床一面に広がった血の染みが浮かび、リーンハルトは戦慄した。 「少しは頭が冷えたか?」 「頭はいつも冷えている」 「はは、思ったよりも元気そうだな」 リーンハルトは後ろ手に縛られ、主塔から出された。 湯浴みの後に引き出されたのは、驚いたことに伯の私室であった。壁は壁画で飾られ、床には敷物が敷かれている。 「ご苦労。戻るがよい」 ここまでリーンハルトを連行してきた騎士たちが一礼して去ると、カッツェンエルンボーゲン伯はおもむろにリーンハルトに向き直った。 「三日……か。貴殿の頭が冷えるまでの間、地下牢に留めておくつもりであったが、注文の品が出来上がって来たものでな」 伯は小さな腰帯を手にしていた。 「貴殿の首に合うと良いのだが」 伯は背後から回り込むと、リーンハルトの首にその腰帯を掛けた。 「な……!」 ――首輪か!? 驚いて身を捩るが、ぐい、と首輪を引かれて息が詰まる。伯はそのままきりきりと首輪を引き上げると、留め金に金具を通し、完全に締め上げてしまった。 「な……、これは……」 カッツェンエルンボーゲン伯はリーンハルトの背後から囁くように言った。 「私の犬には私の首輪を付けるのだ」 「私は貴公の犬ではないぞ」 「今にそうなる」 伯は背後から腕を回すと、リーンハルトを羽交い絞めにした。顎に手が掛かり、無理やり上向かされる。 「貴公にしか懐かぬ猟犬を作るにしては、穴から早く引き上げすぎたようだな」 リーンハルトは横ざまに顔を振り、伯爵の手を払いのけた。 漆黒の巻毛を背の半ばまで伸ばした伯は、女のように美しかった。 けれどこちらをじっと見つめている魔物じみた琥珀の双眸はぞっとするほど冷ややかで、それが伯の全体の印象を決定付けていた。 「皇太子以外の男はお嫌か?」 「言ったはずだ。私と皇太子はそのような間柄ではないと」 リーンハルトは伯の頬に向け、唾を飛ばした。伯は手の甲でそれを拭うと。 「では、確めてみよう。処女検査だ」 リーンハルトは敷物の上に押し倒された。足首を一纏めにして縛られる。伯爵がリーンハルトのシャツに手を掛け、胸元を露わにさせた。 「な……ッ!」 「皇帝の居城がどれほど乱れているか知る指針にもなろう」 外気に触れ、既に尖り始めていた頂きを伯爵が指で触れてくる。頂きを乱暴に抓み、擦り上げるように動かす。リーンハルトは苦痛の声を上げた。 「色は綺麗だな。経験も――、乏しいようだ」 頂きを吸われて、嫌悪に鳥肌が立った。 まさか、リーンハルトは思った。 男同士でも求め合うことはあると知識としては知っていた。長い戦の間、騎士は女の代わりに互いに求め合うこともあるのだ。けれどまさか自分にその欲望の捌け口を向けられるとは。 逃げなくては……。 だが、どうやって? だしぬけに唇が重ねられた。濡れた熱い舌先がリーンハルトの口内を這い回り、逃れようとするリーンハルトの舌に絡めてくる。きつく吸われて、頭の芯まで痺れた。 伯から逃れようと懸命に身を捩(よじ)る。すると伯は服の隠しに手を入れて、口許に何かを持っていく仕草をした。一体何を――。 再び唇が重ねられたと同時、口内に苦い味が広がった。抗おうと首を振るが、伯に鼻を抓まれる。呼吸が困難になったところにさらに唾液を注がれ、リーンハルトは否応なしにそれを飲み下すこととなった。 「何……だ……」 「アルラウネの根を煎じたものだ」 アルラウネ、それは絞首台のそばに咲くと伝えられる花だ。その根を引き抜くと大きな悲鳴を上げ、悲鳴を聞いたものは発狂するという。 「――これで煩く吠えたてる犬を大人しくさせておける」 首輪を引かれると、首が絞まって苦しい。酸欠のため、思考を纏めることが出来ない。 頂きを口唇で挟み込まれて、喉が反る。伯は頂きを舌で舐め、音を立てて吸った。その粘着質な音がリーンハルトを堪らなくさせる。 「貴様は……どうかしている……」 「だから、巡察に来たのではなかったか? 私は身内殺しのカッツェンエルンボーゲンだ」 頂きを舐めながら、伯はリーンハルトの下肢に手を掛けた。腰帯が引き抜かれ、ズボンが下ろされる。リーンハルトはカッツェンエルンボーゲン伯を睨めつけた。 「黄金の髪に青玉(サファイア)の瞳、加えてその美貌。無垢であるはずがなかろう」 「ほざけッ!」 尻臀が割られ、窄まりに伯の指が触れる。細く長い指が窄まりから内部へと侵入してくる。未知なるその感触に、リーンハルトは怯えた。内壁をこそげ落とすようにして指が動かされる。 「痛……っ……」 さらに指が足され、苦痛はいよいよ増してきた。けれど弱音を吐くのを良しとせず、リーンハルトは歯を食い縛ってその痛みに耐えた。 「狭いな。まさか――」 膝の上に乗せられ、シャツは肌蹴たまま、ズボンは足首に絡まったままの格好で、リーンハルトは伯の検分を受けていた。先程飲まされた煎じ薬の影響か、徐々に身体が痺れ、自由が利かなくなってくる。 「その、まさか、か?」 「言った筈だ。私は……嘘はつかない」 伯は喉奥で楽しげな笑い声を上げると、さらに指を足した。これで三本。狭い内壁の中でそれをばらばらに動かされ、リーンハルトはついに声を抑えることが出来なくなった。 「っ…、これ…で、わかったろう……だから…!」 「ああ、よく判った。安心した」 カッツェンエルンボーゲン伯は薄い唇を歪めて笑った。 「これで皇太子を出し抜けるな。貴殿の初めての男は、皇太子ではなくこの私だ」 |
つづく |
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