ラインの乙女 6





「…は…ッ…あ……ッ…」
 背凭れのない椅子の上に座らされ、リーンハルトはカッツェンエルンボーゲン伯に背後から貫かれていた。
 足首と腿は一纏めにされて縛られ、脚は大きく開かされている。
 苦痛だけならいくらでも耐える自信があった。しかし伯はリーンハルトの弱みをいち早く探り当て、その弱みを執拗に突いてきた。リーンハルトの弱み、それは――。
 浅ましく感じてしまうこと。
 一番感じるその部分で、屹立を執拗に抜き差しされて、リーンハルトはもはや声を抑えることができなくなってしまっていた。
「ああっ、ああっ…」
 律動に合わせて漏れてしまう自分の声が堪らなかった。
 涙で視界が滲んだ。
 リーンハルトは再び城壁塔の上層部にある牢へと戻されていた。
 三日三晩を過ごした主塔の地下牢と比べれば、天国とも呼べる環境だったが、連日連夜強いられる性行為と引き換えれば、まだしも地下牢の方が耐えやすかった。
 挿(い)れられる前にさんざん伯の手によって弄ばれ、過敏になっていた頂きを指で抓まれ、がくがくと身体が震えてしまう。
「可愛いな、我の子犬は」
 背後から耳朶を噛まれ、ぞくりと背筋を震わせる。そのまま耳に舌を這わされて、リーンハルトは嫌悪と快楽の相反する感情から肌を粟立たせた。
「や、止め…ッ……ふ……」
「青い果実もようやく熟してきたか」
「う……っ」
 崩れ落ちた身体を抱え直され、より深く穿たれた。
 連日連夜性交を強いられ、痛みこそ薄れた。しかし圧倒的な質量を持つそれを一息に押し込まれると、衝撃で息が詰まってしまう。
 肩を引き上げられ、屹立が抜けてしまうほど強く引き抜かれると、内壁が名残り惜しげにぎゅっと締まった。
「良くなってきたであろう。こちらの快感は女を抱く時よりも深い」
 リーンハルトは否定するように首を振ったが、脚間の屹立は既に頭を擡げ始めていて、快楽の度合いを如実に伝えていた。
「ふふ、相手が皇子(おうじ)でなくて残念だったな」
 カッツェンエルンボーゲン伯は鋭い男だった。
 リーンハルトが持つ弱み、その一つ一つを着実に探り当てると、内臓のように鍛えられない弱いその部分を執拗に、容赦なく突いてくる。リーンハルトの弱み、その一つ目は快楽だった。二つ目は……皇太子。
「だが、帝国の皇子はこれほどまで貴殿を悦ばせることができるだろうか」
――もうすぐだ。
 椅子の脚が傾くほど激しく強く突き上げられながら、リーンハルトはひたすらその時を待っていた。
――もうすぐ何もかも忘れられるその時が来る。
 脚間の屹立を掴まれ、掌で擦られた。尻を叩かれて、腰を振る。
 何も考えたくなかった。
 リーンハルトは瞳を閉じ、全身を汗でぬめ光らせながら、その時を待っていた。どく、どく、と自分の奥深い場所で、伯のそれが心臓の鼓動に合わせて脈打っているのが判る。
 屹立を擦っていた伯の手が先端へと移り、敏感な粘膜に触れた。その瞬間、リーンハルトは先端から白濁を迸らせた。
 達すると同時、リーンハルトは震えながら伯を締め付け、伯もまた達した。
 リーンハルトの背後で、伯は満足げな笑い声を上げた。





「身代金は言い値で払うということで決着が着いているはずだ」
 指一本も動かせないほど疲れ果てていた。けれど伯の前でいつまでも全裸を晒していたくはない。
 緩慢な動きで服を身に付けながら、リーンハルトは問い質した。
「訳もなくだらだらと引き延ばすのは、騎士道にもとる」
「先刻まで喘ぎ、涎を垂らしていたその唇で、騎士道を語るとは笑わせるな」
「ほざけ! 心まで貴様の虜囚になってはいない」
「では、お答えしよう。言い値で払うと言うが故に我は求めた」
 そして伯は身代金の金額を口にした。その額を聞き、リーンハルトは凍りついた。それはまさしく王侯貴族なみ、国庫が傾くほどの額であった。
「馬鹿な……! 王侯にこそふさわしい。いや教皇すら買い戻せるほどの額ではないか」
「私は決して高いとは思わぬ。金貨はいくらでも増やせるが、人の命は決して買い戻せない。相場であろう」
「払おうとも思わないし、払える筈もない。私の城と領地、母上が持参した婚資、その全てを売り払っても作れぬ額だ」
「皇帝ならば支払えるのではないか」
「少なくとも一介の伯を救うために、皇帝が支払う額ではない」
「皇太子はどうだ? 貴殿の親友であろう」
 親友というその言葉を、伯は口の中で転がすように、からかうような調子で言った。カッと頭に血が昇ったが、湧き上がった怒りの衝動を辛うじて押し留め。
「国庫が傾くほどの身代金を親友の為に喜んで差し出すような皇子ならば、私は彼の為政者としての資質を疑うだろうな」
 背凭れのない椅子に足を組んで座ると、伯はその妖しい琥珀の瞳でリーンハルトを見た。
「皇太子は貴殿が人質先で安寧な暮らしをしていると思っているのではないか。そう、毛皮の裏地の付いた布団でぬくぬくと眠り、手遊びに恋愛歌謡(ミンネザンク)を書いているとでも? 実状を知れば、動き出すのではないか」
 リーンハルトはもはや黙っていることはできなかった。
 激昴し、叫んだ。
「皇子(おうじ)の名を挙げて私を揺さぶろうとするな、ディートリヒ・フォン・カッツェンエルンボーゲン! ありもしない事実を幾らでも書き立てて殿下に送りつければよい。だが忘れるな、貴様の品位もまた地に落ちるということを!」
「――私に守るべき品位があるとでも?」
「少なくとも貴様の母親は悲しむだろう」
 カッツェンエルンボーゲン伯は椅子から立ち上がるなり、リーンハルトの頬を横様に撲(なぐ)った。
 その咄嗟の行動に身構える余裕すらなく、リーンハルトは石造りの床に倒れた。歯が唇に当たって切れ、血が流れた。
「二度と! 二度と私の前で母のことは口にするな!」
 言うなり、長靴の踵の音も荒々しく、伯は牢を後にした。
 痛みからでも哀しみからでもなく、自分の不甲斐なさにリーンハルトは涙した。血が滲むのも構わず、床に拳を打ちつけ、慟哭した。
 いつものように伯と入れ替わりに見張りの騎士が戻って来る。それを知ってはいたが、リーンハルトはどうしても涙を止めることが出来なかった……。





つづく
Novel