薔薇の冠 7





 浴びせかけられた水の冷たさが、カッツェンエルンボーゲンの意識を現実に引き戻した。
「目覚めたか、カッツェンエルンボーゲン」
 カッツェンエルンボーゲンは虚ろな目で声の主を見た。
「さすがは名にし負う猫伯爵だな。なかなかどうして……、口を割らぬ」
 塔の地下に現れたのは、ラインスター公爵だった。世にも涼しげな表情で、カッツェンエルンボーゲンを冷たく見下ろしていた。
 眼前に血を満たした布袋のようになった腕を見る。恐らく治療を受けなくては動かせまい。動かせたとしたら、それは奇跡に近い。
 けれど奇跡はいとも簡単に起こった。
 公爵がカッツェンエルンボーゲンの脇腹を蹴り、こう言ったからだ。
「立て」
 カッツェンエルンボーゲンは僅かに腕を動かし、上半身を持ち上げた。
「アルジェリアンフックを」
 ラインスター公爵が拷問官に申し渡したその言葉を聞き、冷たい恐怖がカッツェンエルンボーゲンの全身を満たした。
「聡明な貴公のこと、むろんご存知であろう。この鉤に架けられた囚人は皆泣いて死を乞うそうだ」
「……閣下」
 乾いた血のこびりついた唇はひどく喋り難い。カッツェンエルンボーゲンはようやくのことで言葉を絞り出した。
「私は後悔しないと決めたのです」
「ふふ、よくぞ申した。では見せて貰おうではないか、貴公のその覚悟とやらを!」
 視界の隅で、公爵に随行する若い神父が驚いたように顔を上げるのが見えた。





「お目覚めでしょうか、カッツェンエルンボーゲン伯爵閣下」
「同じ事を何度も聞かれているような気がする。さて、私は目覚めているのかいないのか」
 目覚めた場所は、塔の地下ではなかった。
 切れ切れに記憶が蘇ってくる。馬車に乗せられ、長い間揺られたような記憶があった。
 カッツェンエルンボーゲンは天蓋付きの寝台の上にいた。大理石の装飾暖炉と高い天井、豪華な内装から、かなりの高位貴族の屋敷である事が判る。
「アルジェリアンフックに架けられた者がこれまで生存を果たしたためしがありません。貴重な証言者を死に至らしめる事はラインスター公爵閣下も望まれてはいらっしゃられない筈。お考え直し頂きました」
 誰だろう、カッツェンエルンボーゲンは思った。
 ああ、公爵の隣にいた……。
「閣下は幸運です。ラインスター公爵閣下は私に閣下の処遇をお任せ下さったのです」
 ラインスター公爵は熱心な旧教徒だった。城付司祭に聴罪神父に托鉢修道士、神職にある者ならば、誰であれ城への長逗留を許した。恐らく男もそのうちの一人なのであろう。
「貴殿は……」
「ステファン・クロイツェル。公爵閣下付きの聴罪神父でございます」
「あの男が告解をするとは到底思えないが」
「閣下の告解の内容は多岐に渡ります。けれどここでその内容を口にするのは差し控えましょう」
 するとここはラインスター公爵の館だろうか。
 塔の地下の石造りの獄に繋がれていたことを思えば、今の待遇はむしろ良い。 けれど自分の身柄が国から公爵に移されたことを考えれば、むしろ状況は悪くなっているのかもしれない。それはすなわち王が自分を見捨てたという事を意味する。
 公正な裁判を期待するのは無理というものだろう。
「異教徒といえども、無益な殺生は神の望むところではないでしょう。閣下にお考え直し頂く事が私に課せられた責務です。――貴方は恐らく暴力では屈しないお方だ。別の手立てを考えました。閣下のお身体でなくお心を屈服させる」
 見ると、かつて血を満たした布袋と称した腕に治療が施されていた。激しく鞭打たれた背中には軟膏が塗られている。殺す気はないというその言葉は嘘ではないらしい。
 クロイツェルは静かに、けれど説得力のある事実を口にした。
「私は教皇庁にて異端審問官をしていた事があるのですよ」
 言って、クロイツェルは扉の方を振り返った。
「お手伝い願えますか、デュヴァリエ殿?」
「流石は王を虜にされただけの事はある。傷ついていてもお美しいですな、……伯爵」
 扉を開いて入って来たのは、漁色家で知られるフランス大使だった。
 このまま目覚めないままでいた方が幸せだったかもしれない、カッツェンエルンボーゲンは思った。





「良いな。刺さる瞬間の締め付けが――」
 カッツェンエルンボーゲンは背後からラインスター公爵に貫かれていた。公爵は前だけを寛げた姿、カッツェンエルンボーゲンは全裸だった。
 触れ合う粘膜を通じて肉の、内臓の熱さが伝わって来、それがカッツェンエルンボーゲンを苦しめる。
 カッツェンエルンボーゲンの右の胸の頂には太い針が貫通しており、そこから絶え間なく血が流れていた。
「公爵閣下、申し訳ございません、もう少し深く抱え上げて頂けますでしょうか。手元が狂うといけない」
 次なる針をランプの炎で炙りながら、クロイツェル聴罪神父は言った。
 貫かれたまま、両の腕をぐいと引かれ、胸を反らす姿勢を取らされた。
 クロイツェル聴罪神父は酒精で左の頂きを消毒すると無造作に摘み上げ、そこに針を貫通させた。
 また、刺された。
 もはや痛みに声も出ない。身体をわなわなと震わせ、ひたすらその痛みに耐えるのみ。
「可哀想に、怯えきっておられるようだ」
 痛みと嫌悪に萎えきっているカッツェンエルンボーゲンの脚間のそれをデュヴァリエ伯が掴んだ。掌に包まれてやわやわと揉み込まれると、どうしても勃ちあがってしまう。
 かつてラインスター公爵の前で自尊心などないと断じたカッツェンエルンボーゲンであったが、それでも閨での行為はやはり秘め事。衆人環視の中で犯されるなど耐え難い屈辱であった。
「私も閣下に愉しませて貰いましょう」
 顎を掴まれ、上向かされる。デュヴァリエ伯はベルトを緩めると自身を引き出し、カッツェンエルンボーゲンに突きつけた。
 嫌悪感に顔を背けると、鼻を抓まれた。息苦しさにやがて耐えかねたカッツェンエルンボーゲンが唇を開くと同時、口内に挿れられる。
 口には余るほどの牡が喉に当たり、カッツェンエルンボーゲンはえづいた。
「デュヴァリエ殿、一度お抜き頂けますか。この者が噛むといけません」
 口から怒張が抜かれ、ホッと安堵の息を付いたのも束の間、右胸の針が引き抜かれ、同時にそこに小さな銀の輪が穿たれた。顎を引き、唇を噛み締め、懸命に声を押し殺す。
「これでこの者は公爵閣下の奴隷でございます。古代ローマの剣闘士は皇帝への忠義の証として、胸に銀輪を通したと伝え聞きますので」

――何が皇帝だ。既に王冠を被った気でいるのか。

 瞳に反抗的な色を浮かべたのに気付かれたか、腰を抱え直され、より深く貫かれた。
「さあ、左も」
 公爵の指示に従い、再度針が引き抜かれ、二つ目の銀の輪が嵌め込まれる。
「く……ッ!」
 二つの輪が貫通されると、再び口にデュヴァリエ伯の怒張が突き込まれた。頬を両の掌で包み込まれ、愛撫を促される。
 抗うように首を振ると、ラインスター公爵が背後より穿たれたばかりの銀輪を引いた。胸に激痛が走り、カッツェンエルンボーゲンは口内のそれを吐き出してしまった。目尻に生理的な涙が滲む。
「伯爵閣下」
 再び乞われ、カッツェンエルンボーゲンは今度は自らその牡を口に含んだ。
 無心で舌を這わせ、デュヴァリエ伯の屹立を大きく育て上げていく。
 裏筋に沿って舌を滑らせ、括れを咥えた。括れたその部分を舌で触れて、鈴口を舌で擽るようにして舐めると、デュヴァリエ伯はぶるりと身体を震わせた。
「これは――、なかなか」
 口腔を駆使して行う性行為には慣れていた。それこそ十の時からしているのだ。どこを舐めて、どこを咥え、どこを刺激すれば、男を絶頂に導けるのか、誰よりもよく知っていた。
 舌先で突付くようにして尿道を刺激する。
「っ……あ……! 」
 ひどく呆気なく、デュヴァリエ伯は達した。
 口内に溢れる苦い液体をカッツェンエルンボーゲンは屈辱と共に飲み下した。
「愉しむのは結構だが、此方の締め付けが弱くなるのは困る」
 背後の公爵が焦れたように腰を動かす。
「ラインスター公爵閣下、ご心配なきよう。まだ最後の仕上げが残っております故」
 クロイツェル聴罪神父が言った。手にもう一本、新たな針を持っている。
 クロイツェル聴罪神父はランプの炎で炙り消毒したそれを手に寝台に上がった。探るような動きで脚間の屹立を握られ、カッツェンエルンボーゲンは恐怖にずり上がった。まさか――。
 包皮を捲られ、屹立を剥き出しにされる。
「公爵閣下、どうかご準備を」
 促され、ラインスター公爵はカッツェンエルンボーゲンを膝の上に乗せた。自重でより深く穿たれ、カッツェンエルンボーゲンは悲鳴じみた声を上げた。
 公爵は腰を揺すって互いの粘膜を馴染ませると、カッツェンエルンボーゲンの脇の下に手を入れて、身体を引き上げた。すぐに引き下ろし、激しい律動を開始する。
 クロイツェル聴罪神父は位置を慎重に確めてから、屹立に針を穿った。
「……ッ!」
 堪え続けていた悲鳴、もはや押し殺す事は不可能だった。カッツェンエルンボーゲンの悲鳴と時と同じくして、公爵は長い射精を行った。





つづく
Novel