冬の狼 19 |
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ぱちぱちと薪が爆ぜる。 湖近くの猟師小屋で、粗末な寝具に裸のままくるまり、アドリアンと公子は狂おしく口付けを交わしていた。 既に一度、深く交わっていた。それでもなお、互いに求め合うことを止められなかった。 「ご心配なさるでしょう、貴方のご家族が」 「心配には及ばない。いつも貴殿は声を殺す。ここならどれほど声を上げようとも誰にも聞こえぬ」 暖炉には二人が拾い集めた松かさが明るい炎を上げて燃えていた。 公子はアドリアンを抱き寄せると、膝の上に乗せた。 「昔――」 脚を開いて膝の上に跨ると、飲みきれなかった公子の精液がだらしなく流れ落ちた。それさえも充たされた思いを生む。アドリアンは公子に身を寄せた。 「親を亡くした狼の子を育てたことがある。猟師が誤って子連れの母狼を殺し、珍しかろうとそれを父上の元に届けたのだ。犬とは違う猛獣だという周囲の声も聞かず、私はその仔を育てた」 公子の脚間には未だ萎えきらぬそれが熱を持ちわだかまっていた。 公子はアドリアンの身体を持ち上げると、窄まりにそれを押し当てた。注がれたばかりの精液が潤滑油となり、アドリアンのそれは悦びに震えながらそれを受け入れた。 「…っ……」 圧倒的な愉悦に、下肢の震えがいつまでも止まらない。 「狼の仔は私によく懐いた。けれど猛獣は猛獣だ。大人になって野生の血が目覚めたのか、ある冬の日に、引き縄を食いちぎって森に帰ってしまった」 公子はアドリアンを床に横たえた。脚を広げさせ、繋がっているその部分にゆっくりと体重を掛けてくる。 「ふ……っ…」 「私は思い知らされた、狼は人には飼い馴らせないものだと」 公子の美しい顔を間近に見ながら、アドリアンは震える襞の最奥までも貫かれた。公子の背に回した手に力が篭もる。 「だから貴殿もいつか離れていくものだと覚悟を決めていた」 さらなる快楽を求めて、アドリアンは腰を淫らに蠢かした。 貫かれて声を上げ、引かれて下肢を震わせる。 このまま一つに溶け合いたい、とアドリアンは思った。互いの魂を隔てる皮膚が、肉が恨めしかった。二人溶け合い一つになって、二度と離れることがないようにしたいと思った。 「あ……カール、もっと…もっと……」 耐え切れず、アドリアンは公子の白い背中に爪を立てた。その激しさに公子も応えた。 「私はついに人に懐かぬ狼を手に入れることが出来たのだろうか、ヴォルフ」 公子が激しく腰を動かす度、濡れた水音が狭い猟師小屋に響いた。暖炉の熱、燃える松かさ、公子の熱いそれ、それらに煽られて、アドリアンは徐々に昇りつめていった。 「っ……!」 アドリアンが欲望を吐き出すと同時、公子の熱が奥深い場所で弾けた。 激しい交わりのに、いつの間にか眠ってしまったらしかった。 手足に感じた冷気に目覚めると、既に夜は明けていた。 夜更けに今年初めての雪が降ったらしい。鎧戸の向こうを覗くと、一面の銀世界が広がっていた。 暖炉の薪は夜のうちに灰となり、燠だけが残っていた。アドリアンは脱ぎ散らかした衣服を手に取ると、それを身に付けた。それは、服を脱ぐのももどかしく互いを狂おしく求め合った証拠でもあった。 全てを打ち明け、獣のように激しく交わり、互いの心を確かめ合った。けれどアドリアンを取り巻く状況は何一つとして変わっていなかった。 公子は寝具にくるまり、微かな寝息を立てていた。 金糸の髪が白い額に垂れかかり、まるで御堂の天使のように見える。アドリアンはその額にそっと口付けを落とすと、静かに立ち上がった。 「どこへ行く」 戸口に歩み寄ったアドリアンの背に、眠っているとばかり思っていた公子の声が掛かった。 「このまま行かせては頂けませんか、閣下」 「なぜだ、ヴォルフ」 「閣下を殺しかけたその罪をお許し頂けたことは感謝します。私を助けると言って下さったその言葉を私は一生涯忘れることはないでしょう」 「こちらを向け、ヴォルフ」 しかしアドリアンは公子の言葉に従うことはできなかった。もう一度公子の顔を見たら、きっと自分は決断できなくなってしまうだろう。 「貴方は王位を狙える方ではございません。それをすれば貴方はもう黄金ではなくなってしまう」 「言ったはずだ。たとえ世俗の泥にまみれたとしても、私は貴殿と共に生きたいと」 「それは一時の熱に過ぎませぬ」 「いいや、私は自分は母に似ているとばかり思っていた。だが、それは違うと今こそ確信した。私も父と同じ。愛する者のためなら、自分の手を汚すことも、身内をその手に掛けることも厭わない人間であると」 「閣下!」 「私はこの世でただ一人の愛する者のためなら、たとえ血の涙を流したとしても、それを行うことに躊躇はせぬ」 公子が近付く気配がした。けれどアドリアンはどうしても振り返ることができなかった。 腰を引き寄せられ、背後から抱き寄せられた。 「私は決して貴殿を手放さない」 アドリアンはその場から一歩も動けないまま、公子の腕に抱かれていた。 何も――言うことができなかった。言葉は今にも口からあふれだしそうだったが、それでいて口にするその言葉のどれもが真実でないような気がした。 雪を蹴って走る馬蹄の音が聞こえ、アドリアンはまるで夢から覚めたように顔を上げた。 「兄上! おられませんか、兄上!」 馬のいななきと共に馬蹄の音が止まる。 小屋の扉の向こうで、公子の弟――ルードビィヒが叫んでいた。物々しい雰囲気に、公子は急ぎ身支度を整えると外へ出た。 「兄上、ここにおられたのですか」 「すまぬ、赤鹿を追って深追いしすぎた」 「すぐに王城にお戻りを!」 公子の弟は燃えるような赤毛を振り乱して言った。その頬を、髪と同様に真っ赤に紅潮させて。 「――陛下が、陛下が発病なされたのです!」 「何故だ」 王城の長い廊下を歩くカールの口振りは荒かった。 「陛下は誰よりも疫病から遠ざけていたはずであろう」 ルードヴィヒは兄の後を追いながら激しくかぶりを振った。 「判りません。しかし陛下に先立ち、侍従の一人が疫病で亡くなっています。恐らくその侍従より移ったのではないでしょうか」 「侍従か……」 疫病に関わる仕事をしていたカールは国王に近付かないようにしていた。それほどまでに気を遣っていたというのに、まさか国王に一番近い場所に居る侍従が罹かるとは――。 「陛下は自分の意識が明瞭なうちに、兄上と直接話したいとうわ言のように仰っておりました。それで私が」 「探しに来たという訳だな」 国王の寝室に辿り着くと、沢山の人々が王を取り巻いていた。 流石は王だ、と公子は思った。家族さえも寄り付かぬ疫病患者をこれほどまでに多くの人々が取り囲むとは。 「陛下、公子閣下がいらっしゃいました」 小姓が病床の国王の側に歩み寄り、公子の来訪を告げた。 国王は既に重篤であった。腫瘍はもはや林檎大に膨れ上がり、身体のあちこちに黒い斑点が浮かび上がっていた。 「カールか……」 国王は弱々しく呟くと公子を見た。 急ぎ歩み寄ると、国王は唇をわななかせた。 何か言いたいことがあるらしい。 公子は国王の口元に顔を寄せた。 |
つづく |
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