冬の狼 8







 男は苛立っていた。
 根元を紐で固く縛られ、射精を制限されていた。
 射精なしで一体何度達かされたことだろう。
 騎士たるアドリアンでさえも、崩れ落ちそうな身体を支えるのがやっとだった。脚間には未だ開放を許されない熱がわだかまっていて、いつまでもアドリアンを苦しめる。
 充血しきり張り詰めた屹立を爪先で弾かれて、アドリアンは思わず腰を落としてしまった。下方から突き上げていた男のそれに自重が掛かり、アドリアンはより深く貫かれることとなった。
「あ、ああっ……!」
 らしくない、アドリアンは思った。
 慎重なこの男が日を置かず自分を呼び出すなど。
 男は深く繋がったままでアドリアンの身体を返し、獣のような激しさで、背後から突き始めた。内臓が口から飛び出すのでは、と危惧するほどの勢いだった。
 立てられた爪で、蜜を零す鈴口に断続的な刺激が与えられる。男の手によってすっかり開発されてしまったそれは震えながら男の指を呑み込んだ。
「達きたいだろう、ヴォルフ」
 白い、けれどむごたらしい傷痕の残る背中に覆い被さり、男はアドリアンの耳朶に口を付けた。そのまま舌が這わされる。
「……く……っ」
 火傷しそうなほど熱いその舌で耳を嘗め回され、アドリアンは身体を震わせた。
「達きたければ強請ってみろ、女のようにな」
 アドリアンは首を横に振った。
「強情だな」
 男は言って、再び腰を使い始めた。一番感じる、浅い場所を狙って突かれると、閉ざすことのできなくなった唇から唾液が顎を伝って流れ落ちる。
「エルスベト、姫が――」
 突然男の口から飛び出した名前を聞いて、アドリアンは自分の耳を疑った。
「鉄のレオンの妹がこの国に来るそうだ」
「何!?」
アドリアンは驚愕に瞳を見開いた。男はアドリアンの片脚を抱え上げると、脚を開かせ、蛙のような無様な体勢を強いた。そのまま激しく腰を使いながら。
「会いたいか? あちらもお前に会いたかろう。色男は辛いな」
 男はアドリアンの屹立を無造作に掴んだ。真っ赤に染まり腫れ上がったそれは触れられるだけで、痛いほどの快楽をアドリアンにもたらす。射精を堰き止められたまま、上下に擦り立てられると、視界が真っ赤に染まった。
「姫は夢にも思わぬだろうな。姫の憧れの聖騎士(パラディン)が男に抱かれて、こうしてよがり啼いていようとは――」
 その名前を聞くだけで胸が痛んだ。アドリアンの投獄の元凶となった姫であったが、すべては自分の中途半端な同情が引き起こしたもの。兄の死を悼み、自由を焦がれていた姫に、さらなる傷を負わせてしまったという自覚がアドリアンにはあった。
「何故……だ」
 木偶のように激しく揺さぶられ、突かれながら、アドリアンは問いた。
「知りたいか? カール・ブロスフェルト・フォン・リンブルクの婚約者としてだ」
 意外な相手、意外な話であった。
「――すると」
「そうだ」
 アドリアンは男の苛立ちの理由を知った。男は屹立を縛り上げる紐を指で引いて解くと同時、腰を大きく入れて、アドリアンの腹をかき回した。
「っ……あ、ああっ!」
「どうやらリンブルク公は我々の完全なる友という訳ではないらしい」
 男の精液が身体の奥深い場所に染み込んでいくのを感じながら、アドリアンもまた吐精した。





「鉄のレオンの妹か」
 驚愕は一瞬、カールはゆっくりと言った。
「諸侯どころか家臣にまでも憎まれて、常に暗殺の企てが絶えぬ皇帝だ」
「逆らう者はことごとく吊るし首、打ち首、溺死の刑に処するか、獄中で死に至らしめると聞いています」
 諸侯どころか家臣にまでも憎まれて、どこに行くのにも家来を引き連れ、鉄甲冑を身に付けているという。このことから付いた仇名が鉄のレオンだった。
「カール帝の十二勇将にちなんだ聖騎士(パラディン)と呼ばれる暗殺集団で、周囲を取り巻かせているそうだな」
 長い沈黙が落ちた。
 互いに言葉には出さずとも考えていることは手に取るように判った。
「王妃を離縁させ、国王陛下の後添いとして送り込んでくるかと思っていたが――」
 ブロスフェルトとリンブルク、二つの公爵領は確かに魅力的だろう。だが、相手は鉄のレオン。諸侯の権力の弱体化と皇帝権の強化に余念のない相手である。
「私は思うのです。兄上がいずれアキテインの王となることを見込んでの動きではないかと」
「では、父上を裏で操っていたのは、鉄のレオンだったという訳か?」
「判りません。けれどもしそうなのだとしたら、何故今なのでしょう」
「解せぬな」
 国王暗殺の計画は以前から企てられていた。牡蠣の皿に含まれていたであろう毒薬、鷹狩りの際の国王の馬の暴走、企ては二度失敗に終わっていた。
 その計画が完遂されていない今、新たな動きがあるのはどう見ても不自然だった。 
「ルードビィヒ、どうしてであろうな。私には王冠への野心はないのに、皆、私を玉座へと担ぎ上げようとする」
「兄上に王者の風格があるからではないでしょうか」
「彼は王冠を欲しがっている。手に入れたら彼の性格がどう変わるか、それが問題だ。彼を王に? ――そこだ! それはどう考えても、彼に毒牙を与えることだ。権威の座に伴う害は、力に奢って憐みを捨てることにある」
 滔々と語り始めたカールを見、ルードビィヒは驚きの表情を浮かべた。カールは笑って。
「驚いたか? 子供の頃、田舎芝居で耳にした台詞だ。だが、ひどく印象に残り、忘れられなかった。そう、私は力に奢って憐みを捨てるような人間にはなりたくない」
「そんな兄上だからこそ、私はお慕いするのですよ」
「そして私が道を踏み外さずにいられるのは、お前のお陰なのかもしれない」
 カールは肩に置かれた弟の手の甲に自分の掌を重ねると、優しく撫でさすった。
「身内を弑してまで手に入れたいものなどこの世には何一つない。どうしてそれが判らないのだろう。――鉄のレオンも、父上も」
「兄上……」
 その手に弟の温もりを感じながら、カールは深い溜息を付いた。





つづく
Novel